五島列島のある、長崎県内には世界文化遺産が2つあります。
一つは、2015年に認定された、
<明治日本の産業革命遺産>
その一つとして、長崎市には有名な軍艦島があります。
そして、一昨年2018年に認定を受けたのが
<長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産>
長崎県内には133の教会があり、その数は全国一を誇ります。
全国の教会の数が971なので、日本の教会のうち約13.6%を占めることになります。
五島列島には50の教会があり、五島の人口約15%がカトリック信者と言われています。
日本の人口に対するカトリック信者の割合が0.3%。その数が多いことがわかりますね。
フランシスコ・ザビエルが来日した安土桃山時代以降、宣教師による布教活動により、
急激に信者が増えたことで幕府は禁教令をだし、
「キリシタン=反幕府」とみなされ、その時代キリシタンは悪とされてきました。
現在の長崎県にあたる各藩の大名たちは、キリシタンに対する非情なまでの弾圧で、
多くの信者を取り締まっていたとされています。
実際、五島列島に現存する教会の近くには、牢屋の窄(ろうやのさこ)という10畳程の小屋
が存在し、見つかった信者は押し込まれ、約8か月も拷問を受けていたとされています。
それでも、自分達の信仰心をまげずに、ひたすら耐え続けた人もいれば、
力尽き亡くなった方も多数いたと言われています。
この潜伏キリシタンの歴史の中で、五島における「キリシタン」と「椿」には
深い関わりがあったと考えられるものが、五島列島の中には存在します。
例えば
椿をモチーフにしたと思われる、教会のステンドグラス
十字架を持っているだけで、キリシタンということがばれてしまうので、
椿の実が4つに割れて硬くなった果皮を、十字架の代わりに大事に持ち歩いていた
人もいたそうです。
五島列島の歴史、文化には、いつも椿が寄り添っているように感じられます。
一年で最も寒さの厳しい冬の時期に花を咲かせる椿
厳しい弾圧に耐え忍んだ 潜伏キリシタンの方々
その歴史、文化は、
今も五島に住む方々を、力強く、思いやり深くしているように感じます^_^
次回!五島列島ってどんなとこ?~椿編~
お楽しみに^^
のり
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